町山智浩さん
think movie storyから。その④※町山智浩さんはブログなどでの引用はOKと公言されてます。念の為。ロバートマッキー脚本評論家が主人公の映画。アダプテーションという映画について。
脚本家が主人公の映画。
ストーリー製作についての結末。
チャーリーカウフマン。マルコビッチの穴の脚本家。
計算つくされた脚本。
アダプテーション→脚色の意味。
バレリートーマスというエージェントからの依頼から始まる。ニコラスゲイジが主演。
蘭泥棒。ノンフィクションの予定だった。
ストーリーが作れない。悩む。
蘭というのはタフではなく育てにくい。そういったエピソードがあるだけ。
映画のストーリーというのは始まりがあって終わりがなければならい。何度か言ってるがそうじゃない映画もある。
蘭泥棒にはストーリーがない。実話。
脚本が書けない。話がない。
作れない。
人と話が出来る双子の弟がいる。
アクティブな弟ドナルド。
弟が俺も脚本書けると言い出す。
兄チャーリーが出来るわけないじゃないかという。
成長する話じゃないとダメだろと。
ドナルドは刑事と犯人は同一人物だという奇想天外なストーリーを考え進める。
タイプライターの前で何も書けずオナニーをするチャーリー。考えてること、やってることをそのまま垂れ流す、これを意識の流れ、という。文学のひとつ。
エージェントとセックスを想像する内容の脚本。
そのままエージェントに提出する。
エージェントは怒る。
チャーリーは逃避している。
一方ドナルド。ストーリーという本を読んだか?とチャーリーにいう。ハリウッド映画の典型。ロバートマッキーという人の本。チャーリーは嫌い否定する。
ドッペルゲンガー→江戸川乱歩。二重の自分自身。
ドナルドとチャーリーはそれ。
チャーリーがなれないドナルドという人格。
原作者に取材に行くチャーリー。
ロバートの講座にも参加。
チャーリーはロバートに質問する。
ストーリーは行動しないとダメだと言ってますが
エピファニーなんてないんです。戦いなんて何もないんです。ロバートの答え→君はバカなのか?戦いなんて世界中にあるだろう。もしないというなら、君は人生を生きてないんだ。現実を生きていないんだ。
ロバートに相談する。蘭泥棒の原作をみせ、映画にするにはどうすればいいのですか?
結末が大事だと答えるロバート。3幕目が大事と。
そうすれば映画になる。やっちゃいけないのは
デルゼウスマッキーナ方式だと。水戸黄門のような最後。
この会話か3幕目の始まりになる。残り40分。
ドナルドを呼び付ける。ドナルドが原作者に会いに行く。
原作者はウソつきだと、チャーリーに報告。
この先の映画の内容はハリウッド映画の要素が全部出てくるので映画を観てくれと。(ネタバレになる為)
全員、実在する人物。
だから映画に出来ないと。エージェントは困る。
スパイクジョーンズだけが乗り気になる。
原作者は映画内容をみてビックリする。
チャーリーも最低の人間になってるでしょ?だからあなたも我慢しなさいよと説得する。
原作者を説得する決めゼリフは、あなたを演じるのはメリルストリープだと。そして映画になる。それがそのまま映画になっているアダプテーションという映画。
スパイクジョーンズはハリウッド映画を嫌っている。
ハリウッド映画の定型に対する皮肉か。
やっちゃいけないというデルゼウスマッキーナ方式をロバートの登場によってやっている。
ハリウッド映画定型を茶化しているのか、わからない。
殺人犯と警察官と被害者が同一人物だったというドナルドの案。これは、1人の人間の頭の中での話というオチ。
全てのテキストにサブテキストを入れる。
赤頭巾ちゃんのテキストと貞操を襲うというサブテキスト。そういう意味。
この映画は難しい。アダプテーションという脚色という名のノンフィクション。定型と不定型のせめぎ合い。
以上。
大好きな町山智浩さん。
たくさんの勇気を貰ってます。ありがとうございます。
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