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2016/08/29

なぜRivers' edgeとタイトルをつけたのか

2013年の10月に単身赴任生活がスタート。半年が過ぎた頃から、自分の心の変化というか
一人の時間が増えたことで、考えなくてもいいことを考えるようになってしまって。
ロボットのように、白痴のように、組織の一員として生活していればよかったのかなって。そう後悔することもあるんですが。

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1996年、表舞台から消えた漫画家がいました。岡崎京子さん。10代・20代・30歳を過ぎてもずっと読んできました。岡崎京子さんの作品。
忘れないですよって岡崎京子さんに手紙でも書けばよかったのかもしれなかったですね。
岡崎京子さんのこと、作品のことを素敵に紹介するプロフェッショナルな方はたくさんいるわけで。でもね、僕が忘れないってことが大事だと思った。僕は忘れないって、そういう戦いをやりたいって思ったんです。四十半ばのおじさんが決意したんです。

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それで、代表作のタイトルをブログの名前にしました。それって、人間らしくないですか?





岡崎京子さんが好きなFlippers'guitar。



2016/05/26

辺境の片隅、存在の証明、そのメモ書き#18


『岡崎京子/戦場のガールズ・ライフ』より⑤
「寄書き:『みなさん』の話は禁句/小沢健二」より
1996年生まれで、15才で創設した今やスタッフ80人のメディア企業を率いるメディア王女、タヴィ・ゲヴィンスンは、ティラー・スウィット(アイドル的な人気を持つシンガー・ソングライター)についてこう言っている。「ティラーが高校を卒業したのは何年も前なのに、彼女が今も高校時代のことを歌詞にし続けていることについて、ある記者が質問したの。そしたらティラーはこんな風に返事したの。『じゃあ、何についての歌詞を書けばいいの?マーケティングの会議?』って」
∞  ∞  ∞
ここから、小沢健二さんは「ヘルター・スケルター」を通してスターと「みなさん」(ファン)の関係性について語られる。少しだけ紹介すると、「みなさん」の話をすることは禁句・・・これは売春婦が客のおっさんの話をすることがNGということと同意であり、その禁句を描いた「ヘルター・スケルター」。
岡崎京子さんはフリッパーズ・ギターが大好きで、再結成をとても望んでいられた。きっと、今も。
小沢健二さんも、岡崎京子さんの新作を楽しみにされていらっしゃるんだろうな。
僕は、車で移動中によくフリッパーズ・ギターを聴く。退屈な時にハミングするポップミュージックって、とてもとてもいいですよね。特に、女の子にとっては、いつもいつも、そーいうポップスをハミングするような日常が一番いいのかもしれない。岡崎京子さんも、そーいう風にご自身の作品を読んで欲しいと思われてるのだと思う。「音楽みたいなマンガ」とはそういうことだと思う。では、「ヘルター・スケルター」はどうだろう。スターになりたい、アイドルになりたい、キレイでいて世界中から愛されたい・・。そこは退屈な日常ではなく「ひっちゃかめっちゃか(ヘルター・スケルター)」な日々だ。
知ったかぶりな言い方かもしれないけれど、残酷なモンキービジネスだと思う。アイドルとかなんだとかというのは。だからと言って嫌いではないし、どちらかと言えば好きな世界です。もっと言えば、僕が今、賭けに出てやっていることはアイドルを目指す女の子たちと似たようなものだ。
そうだな、もう、既にやられている女性がいるかもしれませんが、たとえ無名のまま、醜い老いた姿になってもキラキラしたオーラだけは失わないで死ぬまでやり遂げる女の子がもしいたら素敵だと思う。「ヘルター・スケルター」の続編が、片目を失くしたりりこの素敵に老いた姿だったら、どれだけの女の子たちが勇気をもらえることだろう。

2016/05/23

辺境の片隅、存在の証明、そのメモ書き#17



『岡崎京子/戦場のガールズ・ライフ』より④
「80年代」より
ブレード・ランナー的な廃墟のイメージもあって、みんなで「いつ死んでもいいね」とか「核爆弾が落ちてこの世の終わりが来たらステキだろうな」なんて言っていて、組み合わせのゲームの終わりを恐れずに遊ぼうというような感じで楽しんでいたんですね。
(「STURM」5号 1994年11月)
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「家族」より
奇妙な家無き子(家はあっても家は無し)、おかどちがいな孤児(親はいても親は無し)として生きる事。それは今、誰もが余儀無くされている事かも知れません。でも魔法を手に入れるチャンスは充分あります。いくら負けが込んでいても。いつか。そして裸足で歩き出しましょう。サイズの合わない靴でヨタヨタ歩くより、裸足で歩くことを。熱砂の中を、裸足で進んでいった無謀なディートリッヒのように。
(「ハッピィ・ハウス」あとがき 1992年)

∞  ∞  ∞

僕のメモ書きは、まだまだ岡崎京子さんとの会話が続く。

自分の感性で発する言葉とはいったい、なんだろう。
「核爆弾が落ちて・・」なんてことは周囲を気にしていては言えないことだろう。
熱砂の中を裸足で進んでいく・・・それはいったい、なんのことだろう。
僕はただの・・というより出来の悪いフツー以下の会社員だ。妻は3匹の猫と一緒に毎日寝起きすることに幸福を感じるフツーの家庭の女性だ。でも、二人だけしか知らない辛辣な経験と出くわした修羅場がある。それは、二人だけの物語だ。それだけでいいと言えば、それだけの生活でいいのだろう。特別な能力ではないかもしれないけれど、妻は太宰治の人間失格を学生の頃読んで、ゲラゲラ笑ったらしい。この物語はそういう笑いを取るのが作家の意図するところだと思っていたと。
なんだろうな。僕が言いたいことは。。。
∞  ∞  ∞
小説も音楽も映画もすべて、更にいえばtwitterのつぶやく言葉もFBにのせる記事も、作者側が発して手離したその時から、その作品も短い言葉のつぶやきも写真も何もかも、それらは全て、受取る側のものになるということだ。俺の作品とかアタシの作品とか、プロもアマも関係ない。芸術家も一般人も。
『そういう考え方があるかもしれないけれど、人それぞれだ』とかいうことではない。
真実。ルール。
正義はいつも臆病者の手のなかに、ということだと思う。
念の為に意味がわからない子供たちの為に付け加えておこう。
臆病者とは読者・リスナー・フォロワーのことです。

2016/05/20

大好きな岡崎京子様

1996年5月19日。あれから20年です。
あなたのファンのひとりが、こんなへんてこりんなブログを宇宙の片隅でやってます。ぜんぜん、素敵でもおしゃれでもなく、気に入ってもらえないと思うのですが頑張ってやり続けようと思ってます。これをみつけてくれる女の子がもしも、岡崎京子さんの作品を読んでみようとおもってくれたら、それって素敵なことのような気がするんです。
ずっと、待ってます。新作をずっと待ってます。

追伸:僕にはなんにもないのですが、小説を書くことをはじめてみました。

辺境の片隅、存在の証明、そのメモ書き#16

『岡崎京子/戦場のガールズ・ライフ』より③

「寄書き/加藤賢崇」より
プライベートでの彼女は、誰からも愛される、おきゃんでキュートな下町の太陽、といったイメージで、時に漫画の中で描かれた女性の内面の孤独や怖さなどを、感じることはなかった。あれは、想像力なのか、ぼくには見えない京子さん自身を反映させたものだったのか、今もわかりません。割にコミカルな場面で描かれてるキャラが素顔の彼女に近いと思うんですが。
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「寄書き/岸野雄一」より
私は岡崎と会って話して、物怖じしないですべてを相手に伝えてしまう態度や、こちらが話した事を瞬時に完璧に咀嚼して、疑問があったなら容赦なく突っ込んでくる頭の回転の早さにビックリしたものだ。その印象は、岡崎が描くスリッツやPILのジャケの女の子なんかと見事に重なっていた。
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「80年代」より
そんな渋谷の街並を歩くプリンス&プリンセス達を横目で見、ふと見上げたピーカンの青空。それが私にとってのタイクツというものです。
退屈は風景に似ています。もちろん青空にも。
(『退屈が好き』あとがきより 1987年)

その頃よく聞いていたのがヤング・マーブル・ジャイアンツというイギリスのモックスハム兄弟とアリソン・スタットン嬢という何となく奇妙な三角関係を思わせる3人のユニットのレコードで、このヘンテコな3人組のつくりだす、そのあまりのつたないちせつさと、そのあまりにゆうがな何もなさにずいぶん勇気づけられたものです。ぴろぴろのオルガンにベースライン、安っぽいリズム・ボックス・リズムに申し訳程度のギターの音、その上のへたくそでつぶやくようなささやくようなスタットン嬢のうた。世の中には色んな方法があって、こういうやり方でも大丈夫、O・K。ノージャンル、または千の方法。その頃の音楽はそういうことを教えてくれました。感謝しています。
すべてが新鮮ですべて退屈。あたり前のことと、あたり前でないこと。どうでも良いことと、どうでも良くないこと。それがごちゃまぜの日常。あいまいでファジィな毎日、毎日、毎日。
失うものも何もなく、無知モウマイの身の囲い50cm半径で完結して充足している世界。
でも゛何か"がやってくるのを待機している。諦めながら。きっと゛何か"が、と。
でも゛何か"って、何?
(『バージン』あとがきより 1989年)

∞ ∞ ∞ 

オールナイトニッポンという深夜のラジオ放送を小学・中学の頃よく聴いた。月曜日の中島みゆきさんの放送を一番楽しみにしてた。中島みゆきさんの歌が描く世界とDJの中島みゆきさんの落差が子供ながらにも気になって。一度、尾崎豊さんがゲスト出演した回があって。その二人の会話の中で一瞬、中島みゆきさんの暗い影がみえたときがあって。それは、どういう内容の会話をしていたとか、そういうのは覚えてないんだ。でも、間違い無く、頭のなかに中島みゆきさんが暗い表情してるのが浮かんで。僕は子供だったけれでも、ずっと覚えてる記憶。

宇宙の遠い遠い昔から深いところで繋がってるような人。そういう人に出会う。そういう人とだと、会話とかしなくても、黙っていても、同じ空間にいるだけで気持ちがよく・・でも、そういう気持ちよさとか楽しさを表現するには暗くて深い闇を描かなくてはならない、ということですよね?



2016/05/17

辺境の片隅、存在の証明、そのメモ書き#15

『岡崎京子/戦場のガールズ・ライフ』より②

「ノート(ある日の)」より
いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。ひとりぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。
一人の女の子の落ちかた。
一人の女の子の駄目になりかた。
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名前と年齢が決まってしまえば、あとはもう終わったも同然。では決してないんだ。ここから長い長い外科手術が始まる。長い長い探査が始まる。割の合わない私立探偵になる。その女の子、たった一人の、一人ぼっちの女の子の許せるもの/許せないものをリストアップしてゆく。どうでもよいこと/どうでもよくないことをリストアップしてゆく。彼女にとって痛いもの/痛くないものをマップしてゆく。地図をつくる。年表をつくる。彼女の歴史/時間をさかのぼる。
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何故かアルバート・アインシュタインという人の本を選び、そのルビ付きの本に「五、〇〇〇光年の遠くの蟹星雲から秒速三七、二〇〇マイルの速さで光はやってきます」と書いてあるのを読んでどんどん自分がうしろにじりじりと飛んでいきそうな気が、こうしているうちに自分がとり残されているような、時間においてきぼりにされているような気がして、実際木の椅子からころがり落ちてしまったということだとかを。
彼女の借りていった本ののとなりには死んでから一ヶ月たってやっと発見された作家の本が並んでいたこととか。実際彼女の借りた本はモンゴメリの『赤毛のアン』だとしても。
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彼女はとても下手糞な字でグリーンのインキでノートにこう書くのだ。下手な絵入りでね。
「良い人間になりたい」、と。
しかし本当に良い人間はそんなことは望まないのだ。
(『ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね』より)

∞ ∞ ∞
僕は自分のFacebookの追悼アカウントは娘を指名設定してある。死んだ後に僕がアップした記事や交友関係やその友人たちとのメッセージのやり取りを娘が知ったとしても、彼女がショックを受けることはないと思う。でも、このブログは・・・。
娘はとても健全な生き方をしていると思う。一般的な意味で。
彼女が中学生のときにギターを教えてみたけれど、一度も手にすることなく押入れに眠ったままだ。もしも、このブログを発見したら、娘は押入れからギターを取り出してきて弾いてみたりするだろうか。そういう想像が一人の女の子の落ちかたと重なる。個人的には。


2016/05/16

辺境の片隅、存在の証明、そのメモ書き#14

『岡崎京子/戦場のガールズ・ライフ』より①

この恋は世界の歴史とか地球のキキイッパツをすくうようなキボとパワーがあんのよ!!

シアワセなんて当然じゃない?お母さんが良く言ってたわ
シアワセじゃなきゃ 死んだ方がましだって

すべて諦めてしまうかわりに
すべてにくんでしまうかわりに
なんだかわからなくなるまで
うっとりさせてよ
そしてあたしをみにくくしろ

あーお金ほし!仕事したくなーい のんびりしたーい

愛とか好きとかいらないっす オモチャにしていいよ 犬になってあげるっす

あたしはね ゛ザマアミロ゛って思った
世の中みんなキレイぶって
ステキぶって楽しぶってるけど
ざけんじゃねえよって

「寄せ書き:京子さん大好き/よしもとばなな」より
京子さんはいつも楽しいことを見つめている。心が折れるどころか裂けてしまうようなことがあっても、どんな状況でも、クールで美しくいることはできる、げらげら笑うこともできる、それは勝利なのだということを描いている。
そうか、それでいいんだ、と私たちはみんな思ったし、励まされた。女性が生きるのが困難な昨今、その力はまだまだ私たちを支え続ける。

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Young,Alive,in Love

僕は「あしたのジョー」という漫画が好きだ。僕らの年代の男の子は大半がそうだと思う。憧れた。ジョーのように恋だとか愛だとかじゃない孤高の生き方をしたいと思っていた。カウント9で立ち上がる矢吹丈。でも現実はカウントアウトで負ける僕たち。
岡崎京子さんが描く主人公たちは、カウント9でファイティングポーズを取る。意外と簡単に。そういうたくましい女の子に会いたいと僕はいつも思う。


2016/05/11

闇の棲み処ツバキハウスに行きたかったな

僕は高校生の頃は福岡にいたので
行くことができなかった
ツバキハウス・・伝説の場所
SOFT BALLETのメンバーとか
小山田圭吾さんとか
もちろん岡崎京子さんもいた場所

行きたかったなぁ
でもテクノミュージックを教えてくれたのは
SOFT BALLETだった。
感謝してます。
僕のひとつ上だから
もう48歳か。
あの頃の女子たちは今でも
彷徨ってるかな・・
あああ~After Images!
なんだかあの頃から
僕はよく泣いてたな(笑)





2016/05/09

詩『言葉なんていらない世界があると彼女が教えてくれたんだ』


僕が作る物語「マルチプルアウト」には
性描写は必要だと思う。
村上龍、村上春樹、岡崎京子・・
ある意味では性描写にこそ
オリジナリティが最も表現されている
言葉が無用なセックスを
言語で表現する
村上龍さんが言ってた
1969年に春樹さんは
もうセックスを知っていた
それは俺との違いとして
大きな違いなんだと
そんな話を

岡崎京子さんが描く
セックスは
なぜだか
手塚治虫さんが表現する
エロさがある
荒木経惟さんの写真と同じ
きっとやるときは
シャイなんだ。

2015/08/28

鳥肌が立ちましたよ


今年の早春に開催されました
『岡崎京子展 戦場のガールズ・ライフ』は
ホントにホントに
素晴らしい展示会でした
モネの睡蓮の絵の実物を
美術館でみたときでも
鳥肌は立ちませんでしたけど
この岡崎京子展の
「平坦な戦場」のブースに
入った時は

鳥肌が立ちましたよ

その印象は
私だけではなかったみたいで
後で知ったんですが
有名な画家の方が
同じように鳥肌が立ったと
コメントされてて

まあ、終わった展示会なんで今更なんですが(笑)

そしたら、あったんですよ
その展示会場内を紹介してる記事が
あーでも残念ながら
その鳥肌ブースの中の写真は
残念ながらない・・



2015/08/20

戦うきみの歌を 戦わないやつらが笑うだろう


単身赴任生活に突入してから
ぼくは多くの若い女の子たちを
ネットのなかで知ることができた

・・

ぼくは岡崎京子さんが描く
主人公の女の子に
会いたいのだと思う
その主人公たちは
岡崎京子さんの分身であり
さまざまな性格で
それぞれのトラブルを抱えている
でも共通することがあって

みんな幸せなのだ

ゲロを吐きながら
ダイエットする女子も

重石をつけられて
港の海に
沈められてしまう女の子さえも
僕にはみんな幸せにみえてしまう

・・

岡崎京子さんが描く
その女の子たちを
みていると
なんだかその
ファイティングポーズをとりたくなるのだ
カウント9で立ち上がる
矢吹丈みたいに

・・

若い頃に抱いていた自分の華々しい将来は
人生の半ばも過ぎれば
失せてしまう
そーいう人生だと
後悔するものだと思ってました
でも実際生きてみると
悔やむことってそんなになかった
失せたことと同じぐらい
満足できるものも手に入れた

素敵な妻と娘と猫

成功者ではないけれど
わかったことがある。
歳がいくつになっても
どれだけ仕事をこなしても
どれだけ善人になろうとしても
何かとずっと戦い続けなければならない

戦いは終わらないということだ

・・

そういえば最近
福山雅治さんが10代限定の
ライブをやったらしいですけど
比べるなんて本当に不遜なことですけど
そーです。ぼくは同じ歳です(笑)



2015/07/21

平坦な戦場で僕らが生き延びること




THIS CITY
この街は

IN PLAGUE TIME
悪疫のときにあって

KNEW OUR BRIEF ETERNITY
僕らの短い永遠を知っていた

OUR BRIEF ETERNITY
僕らの短い永遠

OUR LOVE
僕らの愛

OUR LOVE KNEW
僕らの愛は知っていた

THE BLANK WALLS AT STREET LEVEL
街場レヴェルののっぺりした壁を

OUR LOVE KNEW
僕らの愛は知っていた

THE FREQUENCY OF SILENCE
沈黙の周波数を

OUR LOVE KNEW
僕らの愛は知っていた

THE FLAT FIELD
平坦な戦場を

WE BECAME FIELD OPERATORS
僕らは現場担当者になった

WE SOUGHT TO DECODE THE LATTICES
格子を解読しようとした

TO PHASE-SHIFT TO NEW ALIGNMENTS
相転移して新たな配置になるために

TO PATROL THE DEEP FAULTS
深い亀裂をパトロールするために

TO MAP THE FLOW
流れをマップするために

LOOK AT THE LEAVES 
落ち葉を見るがいい

HOW THEY CIRCLE IN THE DRY FOUNTAIN
涸れた噴水をめぐること

HOW WE SURVIVE IN THE FLAT FIELD
平坦な戦場で僕らが生き延びることを

THE BELOVED(VOICES FOR THREE HEADS
BY WILLIAM GIBSON

岡崎京子さん、僕はずっとあなたの新作をお待ちしてます。